東京地方裁判所 昭和49年(ワ)118号 判決 1975年1月16日
原告
鈴木康夫
被告
本所倉庫運輸株式会社
ほか一名
主文
(一) 被告大塚利雄は原告に対し、金五六万一、三一六円および内金四八万一、三一六円に対する昭和四九年一月二〇日から、内金八万円に対する本判決確定の日の翌日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 原告の被告大塚利雄に対するその余の請求および被告本所倉庫運輸株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
(三) 訴訟費用は、原告と被告大塚利雄との間においては、原告に生じた費用の三分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告本所倉庫運輸株式会社との間においては全部原告の負担とする。
(四) この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 請求の趣旨
(一) 被告らは各自原告に対し、金二二七万二、八五〇円および内金二〇七万二、八五〇円に対する訴状送達の日の翌日から、内金二〇万円に対する昭和四九年三月一三日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
1 日時 昭和四八年一〇月一二日午後六時三五分頃
2 場所 東京都江戸川区鹿骨一、四〇一番地先三差路
3 加害車 普通乗用車(足立五五つ四五八八号)
運転者 被告 大塚
4 被害車 普通貨物車(足立一に九二八一号)
運転者 原告
5 態様 前記場所を小岩方面から京葉道路に向けて直進する被害車に、小松川橋方面から小岩方面に向けて左折しようとした加害車が接触した。
6 結果 原告は右事故により、顔面挫創、頸椎捻挫の傷害を負つた。
(二) 被告らの責任
1 被告大塚は、加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものである。
2 被告本所倉庫運輸株式会社(以下「被告会社」という。)は、運送業を営み、大型貨物自動車の運転手として被告大塚を雇傭していたものである。大型貨物自動車の東京都内の運行時間が早朝の短時間に規制されているため、被告大塚は毎日早朝加害車を運転して、肩書住所地から被告会社の松本車庫(東京都江戸川区松本三九一番地所在)まで大型貨物自動車をとりに行き、同車庫から仕事に出るという日課を履践した。このように被告大塚の右早朝における加害車による通勤は、まさに被告会社の業務の執行の範囲にある。本件事故は被告大塚の前方注視および一時停止の義務に違反した過失により発生したものであるから、被告会社には民法七一五条の責任がある。
(三) 原告の損害 金二二七万二、八五〇円
1 医療費 金二、八五〇円
2 休業損害 金八〇万円
原告は、鉄鋼業を営む鈴江工業株式会社の代表取締役として自から労働に従事するほか、七名の従業員をかかえているため、事故後入院して治療に専念することもできず、無理をおして自宅療養に専念した。一時治癒したかにみえたが、昭和四八年一二月初旬頃から再び悪化し、右上眼瞼の強度のけいれんとめまいにより床に伏すなどをくり返し、約三ケ月間は全く仕事ができず、その後も二ケ月間は一日二、三時間位しか就業できない状態であつた。ところで原告は、事故前月額金二〇万円の給料を得ていたので、その三ケ月分と、その後昭和四九年一月一三日から同年三月一二日までの二ケ月間につき月額金一〇万円、合計金八〇万円が休業による損害である。
3 慰謝料 金一二七万円
原告は顔面三ケ所(鼻、左頬、額)に著しい醜状を遺し、左眼瞼のけいれんと変形も加わり、すつかり人相が変わつてしまつた。この事情に前記傷害の程度を併わせ考えると、原告に対する慰謝料としては金一二七万円が相当である。
4 弁護士費用 金二〇万円
(四) 結論
よつて、原告は被告ら各自に対し前記損害額合計金二二七万二、八五〇円と昭和四九年一月一三日から同年三月一二日までの休業損害分金二〇万円を控除した残額金二〇七万二、八五〇円に対する訴状送達の日の翌日から、右金二〇万円に対する同年三月一三日からいずれも支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁
(一) 請求原因(一)のうち、1ないし5の事実を認め、6の事実は不知。
(二) 同(二)のうち、1の事実を認め、2の事実中、被告会社が運送業を営み、大型貨物自動車の運転手として被告大塚を雇傭していたことを認め、その余の事実を否認する。仮に本件が通勤途上の事故であつたとしても、被告会社が加害車を業務上使用したことはなく、また自家用車で通勤するよう被告大塚に強要したこともないので、客観的、外形的にみても被告会社の業務の執行中の事故ということはできない。
(三) 同(三)のうち、2の事実を否認し、その余の事実は不知。
三 被告らの主張
(一) 過失相殺
本件事故については原告にも過失がある。すなわち、原告は、幅員約五米の道路の中央付近を進行していたのであるが、もしキープレフトの原則を守り、被害車を左側に寄せて進行していたならば、本件事故は回避されたか、単なる物損事故で終つたものと思われる。
(二) 損害の填補
原告は自賠責保険から金二一万七、〇〇〇円の損害の填補を受けたほか、被告大塚から治療費として金五万二、二八〇円の支払を受けた。
四 被告らの主張に対する原告の答弁
(一) 被告ら主張(一)の主張を争う。
(二) 同(二)の事実を認める。ただし、被告大塚から支払を受けた分は本訴において除外して請求している。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因(一)のうち、1ないし5の事実は当事者間に争いがない。
二 被告らの責任
(一) 被告大塚が加害車を所存し自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。
(二) 被告会社が運送業を営み、大型貨物自動車の運転手として被告大塚を雇傭していたものであることは、当事者間に争いがない。
そこで、本件事故が被告会社の業務執行中に惹起されたものであるか否かについて判断する。
〔証拠略〕によれば、本件事故が被告大塚の出勤途上の事故であること、同被告は肩書住居地から被告会社の松本車庫(東京都江戸川区松本三九一番地所在)まで大型貨物自動車をとりに行き、同車庫から配達の仕事に出るという日課をくり返していたこと、同被告の住居地と松本車庫までは徒歩で二〇分ないし二五分位、自転車で一五分位、バスを利用すると大廻りになるがそれでも乗車時間が二〇分位の距離にあること、同被告は被告会社に昭和四八年九月三日入社してから、二〇日間位を加害車で通勤し、その余はタクシーや自転車で通勤したことがあること、同被告は加害車を自費で購入し、被告会社から資金の援助を受けておらず、ガソリン代や修理代の補助も受けていないこと、同被告は出勤したのちは被告会社の駐車場に加害車を駐車しておくが、加害車を被告会社の業務に供したことはないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、本件事故が被告会社の業務の執行中に惹起されたものであるとは到底いえず、他に本件事故が被告会社の事務執行中に惹起されたものであることを認めるに足りる事実を認めるに足りる証拠はない。
そうとすると、被告会社が本件事故につき原告に対して損害賠償責任を負う理由がないので、原告のその余の主張につき判断するまでもなく、原告の被告会社に対する本訴請求はすべて理由がないことに帰する。
(三) 原告の損害 金一〇七万二、二八〇円
1 原告の傷害
〔証拠略〕によれば、原告が本件事故により顔面挫創、頸椎捻挫の傷害を負い、昭和四八年一〇月一二日から同年一一月二一日までの間に一四日間通院治療したほか、自宅療養したこともあること、昭和四八年二月二一日に症状が固定したが、なお顔面に長さ二糎、三糎、一、二糎位の三箇の傷痕が残つているほか、昭和四九年二月頃まで目の疲れや頭痛等の症状があり、今なお左眼瞼のけいれんがあること、が認められ、右認定に反する証拠はない。
2 治療費 金五万二、二八〇円
〔証拠略〕によつて認める。原告はこのほかに治療費として金二、八五〇円支払つた旨主張するが、右主張にそう証拠はない。
3 休業損害 金三二万円
〔証拠略〕によると、原告が訴外鈴江工業株式会社の代表取締役をしており、一ケ月金二〇万円の報酬を得ていたこと、同訴外会社は原告のほか原告の妻および従業員五名をもつて構成され、原告が仕事の受理、納品、集金、下請廻り等の対外的仕事のほか、経理等も行なつていたこと、原告は事故後二、三日してから仕事をしていたが疲れやすく、事故後二ケ月位は通常の半分位の時間しかできず、外廻りの仕事は最少限にしていたこと、仕事が曲りなりにも大体普通にできるようになつたのは昭和四九年になつてからであること、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実によると、原告の本件事故による労働能力の喪失は、事故後二ケ月が平均して七割、その後二ケ月が一割程度と推定され、これに伴う原告の逸失利益は、金三二万円であると認める。
4 慰謝料 金七〇万円
前記原告の傷害の部位、程度、後遺症の程度等諸般の事情に鑑み、慰謝料としては金七〇万円が相当である。
三 過失相殺
〔証拠略〕によれば、本件現場付近の道路状況が別紙現場見取図記載のとおりで、市街地にある交通ひんぱんな、舗装された平坦な道路で本件当時乾燥していたこと、制限速度が時速四〇粁であること、新中川方面に至る道路と鹿骨に至る道路とはブロツク塀のため相互に見通しが不良であること、被告大塚は加害車を時速三〇粁位の速度で運転して新中川方面から本件交差点に至り、別紙現場見取図<1>付近で時速二五粁位に減速して正面にあるカーブミラーを見ながら左折して鹿骨方面に行こうとしたが、<2>付近で被害車を発見するとほとんど同時に×で衝突して<3>にはね返されたこと、一方原告は被害車を時速四〇粁位で、道路左端から被害車の左端まで一・二米位あけて、鹿骨方面から京葉道路方面に向つて運転中本件交差点を直進しようとしたところ、同図<ア>付近で左折して来る加害車を発見し、軽くブレーキをかけたが、前記のとおり衝突し、<ウ>で停止したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
以上の事実によれば、原告としても見通しの悪い本件交差点を通過する際には、予め十分左側に寄り、かつ、徐行して、新中川方面から交差点に侵入してくる車両がある場合にそなえるべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があるものというべく、彼此勘案のうえ、三割の過失相殺をする。
四 損害の填補 金二六万九、二八〇円
原告が自賠責保険から金二一万七、〇〇〇円を受領したほか、被告大塚から治療費として金五万二、二八〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
五 弁護士費用 金八万円
原告が本訴追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、原告がそのための報酬等としていかほどの支払をなしまたはなすべき旨約したかについては何らの証拠もないが、訴訟追行を弁護士に委任した以上それ相応の報酬等を支払うべきことは当然のことであるので、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等に鑑み、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告大塚に請求しうべき分としては、金八万円が相当であると認める。
六 結論
以上述べたところにより、原告の被告大塚に対する本訴請求は、金五六万一、三一六円および内金四八万一、三一六円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年一月二〇日から、内金八万円に対する本判決確定の日の翌日から、いずれも支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求および被告会社に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 瀬戸正義)
現場見取図
<省略>